経営者一人でできることには限界がある
前回のコラムでは、「サロン経営は、経営者の描いた未来に近づいていく」というお話をしました。
では、経営者が描いた未来を、実際の店舗で形にしていくのは誰でしょうか。
もちろん、最終的な責任を負うのは経営者です。しかし、店舗数が増えてくると、経営者自身がすべての店舗に立ち、すべてのスタッフに指示を出し、すべてのお客様や現場の状況を確認することはできません。
経営者の時間は限られているからです。
1店舗だけであれば、経営者自身が毎日店舗に入り、スタッフの様子を見ながら、細かな指示を出すこともできます。
ところが、2店舗、3店舗、5店舗と店舗が増えていけば、それは物理的に難しくなります。
そこで重要になるのが「店長」の存在です。
私は、店長とは「各店舗における経営者の分身」であると考えています。
ここでいう「分身」とは、経営者とまったく同じ考え方をする人という意味ではありません。
経営者がどこを見ているのか。会社をどこへ向かわせようとしているのか。何を大切にし、何を優先して判断しているのか。
そうした経営者の「視界」を店長と共有することが重要なのです。
経営者がその場にいなくても、その視界を共有した店長が現場で判断し、スタッフを動かしていく。
この状態をつくれるかどうかが、多店舗経営を成功させる大きなポイントになると考えています。
「目の前の店舗」を見る店長と、「会社の未来」を見る経営者
経営者と店長では、立場が違います。
そのため、放っておけば見ている景色が違ってくるのは当然です。
店長は毎日店舗に立っています。
今日の予約状況、スタッフのシフト、お客様からのクレーム、スタッフ同士の人間関係、今月の売上――。
どうしても「目の前の店舗」に視線が向きます。
一方、経営者は違います。
半年後、1年後、3年後の会社を考え、新規出店、人材採用、教育、資金繰り、新サービス、ブランド戦略などを考えなければなりません。
つまり、店長は「現在の店舗」を見やすく、経営者は「会社の未来」を見る必要があるという違いがあります。
問題は、この視界の違いをそのままにしてしまうことです。
経営者だけが会社の未来を見ていて、店長にはその景色が見えていない。
この状態では、経営者が新しい方針を打ち出しても、店長からすると、
「なぜ今これをやるのだろう」
「今の店舗には必要ないのではないか」
と感じることになります。
だからこそ、経営者は自分が見ている景色を意識的に店長へ見せていかなければならないのです。
店長との視界が合っているかで店舗の成果は大きく変わる
例えば、経営者が「今期は若手スタッフの育成を強化したい」と考えていたとします。
その背景には、3年後に新規出店を考えており、そのために今から次の店長候補を育てなければならないという経営判断があるかもしれません。
しかし、その背景を知らない店長からすれば、
「今は自分が担当した方が売上になる」
「若手に任せると時間がかかる」
と考えるかもしれません。
どちらも、それぞれの立場から見れば間違っているとは限りません。
見ている時間軸と景色が違うのです。
経営者が3年後を見ているのに、店長が今日の売上だけを見ていたら、判断がずれるのは当然です。
反対に、
「3年後には〇店舗まで増やしたい」
「そのためには新しい店長が必要になる」
「だから今年は若手を育てることを重視している」
というところまで共有できていれば、店長の判断も変わってきます。
目の前の売上だけではなく、会社の未来から逆算して店舗を運営できるようになるからです。
経営者と視界が共有できている店長と、そうでない店長。
時間が経つほど、店舗の成果や人材育成、組織力には大きな差が生まれてくると思います。
小規模店から中規模店へ脱却できるかは「視界共有」が鍵になる
私は、理美容サロンが小規模経営から中規模経営へ成長できるかどうかを分ける大きなポイントの一つが、経営者と店長との視界共有ができているかどうかだと考えています。
経営者自身に技術力があり、接客力があり、スタッフをまとめる力があれば、少ない店舗を繁盛店にすることはできるでしょう。
しかし、多店舗展開をしていくと、経営者自身の能力だけでは会社を成長させることが難しくなります。
経営者本人をコピーして、各店舗に配置することはできないからです。
この段階になっても、
「この場合どうしたらいいですか」
「スタッフからこんな相談が来ています」
「クレームがありました。どうしましょう」
と、すべての判断が経営者に上がってくる状態では、店舗数が増えるほど経営者の仕事も増えてしまいます。
これでは、いずれ限界が来ます。
必要なのは、経営者自身がすべての店舗を直接動かす経営から、経営者と視界を共有した店長が、それぞれの店舗を動かす経営への転換です。
店長が経営者と同じ景色を見ていれば、細かな指示がなくても、
「会社の方向性を考えれば、今回はこう判断すべきだろう」
と考えられるようになります。
この状態をつくれるかどうかが、小規模経営から次のステージへ進むための一つの壁になると思います。
新しい方針を実行するときこそ「視界共有」の差が出る
経営者と店長との視界共有が特に重要になるのが、会社が新しいことを始めるときです。
例えば、新しいサービスを導入し、会社として積極的に拡販していく方針を決めたとします。
経営者は、市場環境や競合の動向、今後の収益性などを考えたうえで、
「今、このサービスを伸ばす必要がある」
と判断しています。
しかし、現場のスタッフが全員すぐに賛成するとは限りません。
むしろ、何か新しいことを始めれば、現場から抵抗が出るのは自然なことです。
「今のやり方でいいのではないか」
「お客様に勧めづらい」
「仕事が増える」
「本当に売れるのか」
といった声が出てくるでしょう。
このとき、店長自身が経営者と視界を共有できていなければ、
「俺もそう思うんだけど、社長がやれと言っているから」
という伝え方になってしまいます。
これではスタッフが前向きに取り組むはずがありません。
一方、店長が、
「なぜ会社がこのサービスを始めるのか」
「これから会社がどこへ向かおうとしているのか」
「その中で自分の店舗には何が期待されているのか」
まで理解していれば、伝え方は変わります。
現場の不満や不安を受け止めながら、それをなだめ、自分の言葉で会社の方針を説明し、店舗として実行に移していくことができます。
つまり店長には、経営者の視界を、現場が理解できる言葉に「翻訳する役割」があるのです。
店長は「スタッフの代表」であると同時に「経営者の分身」
店長は、スタッフに最も近い管理職です。
だからこそ、スタッフの気持ちを理解することは重要です。
しかし、店長がスタッフ側の目線だけになってしまうと、
「みんな嫌がっています」
「現場では難しいと思います」
「スタッフから不満が出ています」
という話だけが経営者に上がるようになります。
もちろん、現場の声を経営者へ届けることも店長の重要な役割です。
しかし、そこで終わってはいけません。
経営者が見ている会社の未来を現場へ伝える。
現場で起きていることを経営者へ伝える。
そして、その間に立って両者をつなぐ。
店長は、「現場に最も近い経営側の人間」でもあるのです。
そのためには、経営者自身が店長に対して、会社の数字や方針だけではなく、「なぜそう考えているのか」という背景まで共有する必要があります。
視界共有は「一度説明したら終わり」ではない
経営者からすると、
「前にも説明した」
「店長会議で話した」
と思うこともあるでしょう。
しかし、視界共有は一度説明すれば完成するものではありません。
会社の状況は変わります。
市場環境も変わります。
スタッフも変わります。
経営者自身が見ている景色も、事業の成長とともに変化していきます。
だからこそ、日頃から店長と丁寧にコミュニケーションを取り続ける必要があります。
店長会議でも、単に売上数字を確認するだけではなく、
「なぜ会社は今この施策をやろうとしているのか」
「半年後、1年後にどんな会社にしたいのか」
「そのために、この店舗には何を期待しているのか」
という話をする。
そして、
「この方針をどう理解している?」
「自分の店舗ではどう実行する?」
「スタッフにはどう伝える?」
と、店長自身にも考えてもらう。
こうした対話を繰り返すことで、少しずつ経営者と店長の視界が近づいていきます。
「伝えた」ことと「伝わった」ことは違います。
さらに言えば、「理解した」ことと「現場で実行できる」ことも違います。
だからこそ、視界共有には継続的なコミュニケーションが必要なのです。
店長と視界を共有できると、経営者は「未来」を見ることができる
店長との視界共有が進むことの大きなメリットは、各店舗の運営が良くなることだけではありません。
経営者自身が、本来見るべき「会社の未来」に時間を使えるようになることも非常に大きな意味があります。
店長と視界が共有できていなければ、経営者はいつまでも現場の細かな判断に追われます。
スタッフ同士の人間関係、シフト、クレーム、売上、新しい施策の進め方――。
すべて経営者が判断していたら、時間はいくらあっても足りません。
一方、経営者と同じ方向を見ている店長が各店舗にいれば、日々の店舗運営の多くを任せることができます。
そして経営者は、
「次にどこへ出店するか」
「どんな人材を採用するか」
「どんなサービスをつくるか」
「3年後、5年後に会社をどうしたいか」
という、本来の経営者としての仕事に時間を使えるようになります。
前回のコラムでは、経営者の重要な仕事の一つは「未来を描くこと」だとお伝えしました。
今回お伝えしたいのは、その未来を経営者一人だけが見ていても、組織は動かないということです。
経営者が見ている未来を店長にも見てもらう。
店長がその視界を各店舗へ持ち帰り、スタッフに伝え、日々の店舗運営に落とし込んでいく。
その積み重ねによって、経営者の考えていることが、少しずつ組織全体の行動へと変わっていきます。
店舗数を増やしたいと考えている経営者の方には、ぜひ一度、
「自分と店長は、本当に同じ景色を見ているだろうか」
と考えていただきたいと思います。
店長との視界共有は、一朝一夕にはできません。
だからこそ、日頃から丁寧に対話を重ねる。
経営者が何を見て、何を考え、どこへ向かおうとしているのかを繰り返し伝える。
その積み重ねこそが、強い店長、強い店舗、そして経営者一人の力に依存しない強い組織をつくる土台になるのではないでしょうか。
私自身、理美容サロンの経営に 10 年以上従事してきました。そのため、理美容サロン経営者が日々どのような悩みを抱え、どのような意思決定を迫られているのかを、机上の知識ではなく実体験として理解しています。
また、私は理美容サロン経営の他、約 10 年間にわたり組織人事コンサルティングにも従事し、多くの企業の採用や人材育成、組織づくりを支援してきました。
理美容サロン経営において人材採用、人材育成、組織づくりといった「人に関する戦略」は、経営の根幹を支える最も重要な要素であると私は考えています。そして、人材が活躍できる組織をつくるためには、経営と法律の両方の視点が必要になります。
当事務所が目指しているのは、単なる法律問題の解決ではありません。経営者の想いや事業の方向性を理解したうえで、共に考え、共に悩み、事業の発展を支えるパートナーであることです。
理美容業界を熟知している弁護士として、経営者の皆様が安心して挑戦を続けられるよう、全力でサポートしてまいります。